気動車が客車列車を淘汰したことにより、気動車にも郵便・荷物車が必要となりました。しかし当時は旅客用の気動車を新製
することで手一杯であり、到底郵便・荷物車を新造する余裕はありません。四国においてもこの状況は同様であったため、旧型と
なったキハ07を郵便荷物車に改造することになりました。こうして誕生したのがキユニ07です。改造は動台車側を郵便室とし、
車体中心から残り半分を荷物室としました。客室扉は中央部の1つを残して埋め、それぞれに専用の扉を新設したほか、乗務員
扉も設けられました。なお、この車体中央に残された扉は実際は使用できない開かずの扉となっていました。
昭和35年に4輌が登場しましたがその後続いて登場することはなく、細々と活躍を続けました。車体は郵便荷物車に改造され
ましたが、足回りは液体化などの改造はされずに機械式駆動のままでした。そのため単独で運転する際は機械式気動車として
運転されましたが、他の液体式気動車と連結して運転される場合はトレーラー (付随車) として編成の最後尾にぶら下がって
運転されました。このときはエンジンも停止されていたようで、車軸には客車で使用される車軸発電機が取り付けられていました。
気動車化の初期に活躍したキユニ07も、液体式の郵便荷物車が改造され、配置されるようになると機械式気動車特有の
不便さのため廃車となり、その短い歴史を閉じました。
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