その5 私鉄のATS


 私鉄のATSは国鉄でのATS整備が終了した昭和41年(1966年)11月30日に運輸省 (現・国土交通省) による緊急指示から 本格的に整備されました。ただしこの通達は@1時間あたりの列車運転数が20本以上運転する区間 A1時間あたり15本以上 特急・急行を運転する区間 B最高時速が100km/h以上の区間 Cその他、運転保安上必要と認められる区間 など一定の条件に 該当する会社に限られ、それに該当するのは大手・準大手など16社程度でした。これに該当するのは約1300kmで昭和44年度までに 整備するようにされましたが、そのうち910kmは緊急整備区間として昭和42年度に実施するよう指示されました。
 私鉄形ATSの特徴は翌昭和42年(1967年)に出された通達により速度照査機能と常時自動投入が義務付けられたことでした。 常時自動投入とはATSの電源が入っていれば運転準備の段階で行う操作 (多くはブレーキハンドルの投入やマスコンキー挿入 など) をすれば自動的にATSが投入されます。ATSの電源を切るといった重大な違反行為をしない限り、ATSが作動しない 事態を避けることができます。これらの機能は当時の国鉄のATSにはまだなく、その4でご説明したようにこのような機能が 追加されたのは国鉄末期になってからでした。また、この通達は国鉄が民営化されれば当然適用されるため、国鉄民営化 (JR) になる前に廃止されました。これがJRのATSの遅れをもたらすことになるのです。
 私鉄各社のATSは相互乗り入れを行っている場合を除き、各社が独自の開発していました。特に速度照査については ATS-B準拠形からATCまで数種類に分類されます。今回は速度照査に焦点を当てて、私鉄のATSを解説してゆきます。
 このページは2007年3月に作成されたものです。以降に各社で変更された場合もございますのでご了承下さい。

 私鉄におけるATSの速度照査は次のように分類されます。
@準ATCタイプ
AATS-P類似タイプ
BATS-S地上タイマータイプ
CATS-Bタイプ


 @準ATCタイプ  

 この方式はATCと同じく、軌道回路に信号現示に対する速度情報信号を流し、これを車輌が受信して速度照査をする方式 です。速度表示器や制限速度については各社で異なる場合もありますが、国鉄 (JR) のATCとは異なりこの速度表示を 信号現示とすることはできません。この方式を採用しているのは西武・相模鉄道・阪急・阪神・山陽電鉄・西鉄の6社です。
 準ATCタイプの利点は信号現示が変化した場合、すぐに制限速度を変化させることができることです。この方式を用いる 場合は通常地上子は使用しませんが、地上子を使用する場合はこの現示変化による制限速度の引き上げ (現示アップ) は地上子を 通過するまで行われません。速度超過をした場合はATCと同じく、常用最大ブレーキで制限速度まで下げられたのちに 解除されます。ただし、曲線など任意の速度制限には考慮されておらず、多くの場合は運転士の腕にかかっているのが現状 です。もちろん、個々の制限箇所で信号波を軌道に流せば制御は可能となります。

 これは阪急で一部の形式を除き使用されているATS表示器です。信号の現示に対して制限速度が表示されます。 Fは進行 (青色) 現示の場合で、最高速度 (110km/h) まで出すことができます。70は減速、50は注意現示の場合で、このほか 30(警戒)・20(末端部分など)・N(停止)があります。


 AATS-P類似タイプ 

 JRのATS-Pと同じように地上から情報を得て、それに対応する速度制限を行う方式です。この方式を採用しているのは 東武・京王・小田急・近鉄と近鉄から分離した三岐鉄道北勢線です。このうち東武は地上側で作成した制限速度に対応する パターンを使用しますが、ほかの会社では一定の速度パターンで照査します。これらのATSでは信号現示が変化しても、 次の地上子を通過するか、現示変化の確認ボタンを押さなければATSの制限速度は変化しません。


 これは近鉄の運転台 (1620系) です。ATS表示灯の部分には25・35・45・65 (かなり不確かです...)があり、それぞれの 速度に対応する信号現示にあわせて表示されます。(2009/11/24訂)ATSによる速度制限中に信号が変わったら運転台左の確認ボタンを押せば 速度制限を解除 (一段上の制限) することができます。信号が変わって速度制限が変わった場合、次の地上子を越えれば速度表示が変化します。近鉄車輌にある 確認ボタンは無閉塞運転の場合や地上子故障時に使用するものです。

 

 B ATS-S地上タイマータイプ

 これはJR (ATS-Sn系) で使用されている地上タイマー式とほぼ同様の装置です。JRタイプと異なる点はATSの 基本的な確認動作がない程度です。これは私鉄のATSが速度照査によって減速させて信号冒進を防ぐことを目的にしている ためで、警報装置から発達した国鉄タイプのATSとの成り立ちの違いによるものです。この地上タイマー式を採用しているのは 南海と京阪、そして筑豊電鉄です。
 速度照査は地上設備で行うため、車上機器はもちろん、確認動作の機器もないため、運転台は非ATS車のような状態と なります。

 これは京阪 (2600系) と南海 (6100系) の運転台ですが、前述のとおりATS関連の機器はほとんど目に付きません。運転台に あるATS機器はATS電源などの表示灯と投入スイッチ、そして復帰スイッチぐらいです。表示灯以外は上部または下部に 設置されていることが多いため、その位置を探すのは多少時間がかかります。


 C ATS-Bタイプ

 ATS-Bとは国鉄時代から首都圏や関西圏などの国電区間で使用されていたATSの方式で、レールに流す軌道電流を 遮断することで作動させるATSで、JRではATS-Pの導入により消滅しています。私鉄では電流を遮断する時間の違いで 速度照査を行います。古い方式ですが、地上子を用いるATS-Pや地上タイマー式とは違い常に速度照査ができるため、 地震や踏切事故などでも電流が落とすことで速やかに対応 (即時停止) させることができます。
 この方式を採用しているのは京成と京急、東急、都営浅草線などと、京成と関連のある新京成電鉄や北総鉄道です。

 中小私鉄のうち、大手私鉄と関係の深い会社や乗り入れを行う会社ではその相手方の方式を踏襲する形を採ったところも ありましたが、その多くはATS未整備のままでした。これらの零細私鉄は廃止となったところも多くありましたが、未整備の まま営業を続け、記憶に新しいところでは京福電鉄の事故など大事故を発生させてしまったケースもありました。現在では 未整備の会社は極めて少なくなっています。
 旧国鉄系の第三セクターでは国鉄時代のATSがそのまま使用されたケースが多いのですが、下北交通 (旧大畑線) のように 完全1閉塞としてATSを撤去した会社もありました。しかし国鉄時代のATSはあったものの、その後の発展型のATSを 整備するなどは論外に等しく、特に特急など高速列車を運転していながらそうした設備を整備していないことが宿毛事故へと つながってゆきました (智頭急行や北越急行などではATS-Pを整備して高速運転に対応している)。
 宿毛事故と福知山線事故をきっかけにATS設置がとりわけ厳しくなり、さすがにATS未整備という会社はなくなったと 思いますが、専用軌道を走る区間がある路面電車ではATSは整備されていません。これは道路上にATSが設置できないため 除外となっているのですが、専用軌道の長さや車輌性能によっては少なくとも専用軌道内は何らかの対策が必要であると 思われます。
 
 しかし結局のところ、こうした高性能の優秀な機器があっても、事故を完全になくすことはできないでしょう。もちろん、 事故の規模や被害は少なくすることができますが、人のミスというのはあらゆる想定を超えて発生するものであり、機器自体の 故障があれば (間接的には人的ミスとなりますが) もはやどうしようもない状態となります。あくまでもこうした機器は「保険」 であり、最も重要なのは運転士など乗務員の技術と意識でしょう。そしてそれらを十分に発揮できる環境 ―特に乗務員の指導 方法― が最も重要であると思います。

 最終回の次回はATSの歴史をとりあげて、まとめとする予定です。

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