その4 発展型ATSA


 今回は最も有効とされるATS-Pについて解説を進めてゆきます。このATS-Pには様々な付加機能がありますが、 今回は最も基本となる速度照査に焦点を当てて進めてゆきます。


 @ATS-Pの基本  

 ATS-Pが有効とされる理由は常に速度をチェックしている点です。それまでのATS(Sn・SWなど)では、地上子が 設置されている点のみで速度照査を行っていたため、地上子を通過した後の扱いが不正であってもそれに対処することが できなかったのです。しかしATS-Pでは速度計を動かすための発電機を利用して速度と移動距離を計算し、停止地点までに 停止させる限界の速度を「パターン」として作成し、そのパターンにかかったところでブレーキを作動させるようにしました。 そのブレーキも、それまでのATSでは非常ブレーキを使用していましたが、電車など直通ブレーキを使用している車輌では 常用最大のブレーキをかけるようにし、パターンの示す速度以下になればブレーキが解除されるようにしました (気動車や機関車 など、自動ブレーキの車輌は非常ブレーキとなります)。これにより速度超過による停止後、再出発までの時間が大幅に 短縮することができるようになり、乗客への安全性も向上することになりました。
 ATS-Pで最も重要となる「パターン」は以下のようなものですが、これはそれぞれの車輌のブレーキ性能のほか、地上から 受けた線路の状態(分岐・勾配・曲線・カントなど)などのデータから計算して作成するため、同じようにATS-Pが設置 されていてもそのパターンは同じとは限りません。以下の場合もあくまでも「例」ですので、このようなパターンがすべてとは かぎりません。

 緑線
ATS-Pによる速度パターン
 青線
正常なブレーキ操作による
速度パターン
 赤線
ブレーキ操作を怠った
速度パターン
 点A,b,c
各地上子点
 点X
ATS-Pによるブレーキ作動点
 信号機以外に任意に速度制限をする場合も可能です。制限速度は数種類に限定されていますが、その場合でも その場に応じてパターンが作成されます。左の例は制限75km/hを想定していますが、A点での速度が異なる以外は ほぼ信号の場合と同様です。



 A実際の運転に照らし合わせた場合 

 実際の運転とATS-Pのパターンを組み合わせてみることとしてみます。先にお断りしておきますが、以下の図は あくまでも解説のために簡略化したものであり、実際は複数の信号機があったり、別のATS-Pのパターンが組み合わされたり することがあります。最低限のATS-Pの状態であることを念頭に置いていただきますようお願いいたします。
 以下の場合は場内信号や出発信号など「絶対信号機」に対するパターンです。

 信号が青 (進行) の場合はパターンは作成されず、路線・車輌に定められた制限速度に対する 速度照査のみが行われます。緑線がその制限速度となります。


 前方の信号が赤 (停止) の場合、その信号までの距離・車輌のブレーキ性能・勾配・曲線特性などから、A点までの 停止パターンが作成されます。
 ここではブレーキ操作を行わずに進んだ場合を示しています。正しいブレーキ操作を行わなかった場合の速度変化が 赤線です。ATS-Pが作成したパターンの緑線と、実際の速度の赤線が交差するX点でATS-Pが作動し、ブレーキが かけられます。これはそれまでのATSとは異なり、地上子とは無関係に作動します。
 青線のように正常なブレーキ操作を行えば緑線と交差することはありません。もちろんATS-Pは作動しません。 ただし、パターンに接近 (パターンの定める速度まで数km/hまでとなった場合) すると「パターン接近」となり、 警報音が鳴り注意を促します。このときはまだ自動的にブレーキはかけられませんが、すみやかにブレーキをかけなければ ATS-Pが作動することになります。


 前方の信号 (この場合はA点の場内信号機) が停止現時でなくなれば (進むことができる状態になれば)、停止させる パターンは解除されます。この場合、次の信号機が停止であれば新たなパターンが作成されることになります。列車は ブレーキ操作を中止することができ、場合によってはパターンの許容範囲内で速度を上げることも可能となります。

 B 閉塞信号の場合

 閉塞信号機ではある条件の元では停止現時をこえて進行することが許されているため、ATS-Pのパターンも少し 異なっています。

 これは絶対信号機に対する場合のパターンです。絶対信号機では停止現時をこえて進むことは許されていないため、 点Aでは「即時停止」となります。パターンも即時停止ということでいかなる速度でも進ませない状態 (直角にパターンが走る) になります。もちろんどんな速度でも信号機を超えた場合はブレーキがかかります。

 閉塞信号機も停止現時で停車するのが原則ですが、進入することが許される場合もあるためパターンはある速度 (20km/h程度) を こえなければ進むことができるようになります。

 したがって閉塞信号の場合、実際走行する車輌の速度を示す青線は、ある一定の条件下であればこのような形をつくる ことになります。このような状態であれば赤信号 (停止現示) をこえてもATS-Pも作動させずに進むことが できます。

 

C車上の各装置について

 現在のところATS-Pを採用しているJRは東日本と西日本のみです。JR東海についても近年導入することになっています (JR東海113系の600・700・2600・2700番台はATS-P搭載改造された車輌ですが、これはJR東日本エリアへ乗り入れるため の改造で、JR東海内ではATS-Pは使用されていません)。そこで東日本と西日本の国鉄形車輌に使用されている車上装置に ついて取り上げてゆきます。


 これらはATS-Pに列車情報を取り入れるための機器です。いずれも助士席側に設置されていますが、JRとなってからの 車輌、特に新製時からATS-Pが搭載されている車輌では運転台に組み込まれています。
 画像の@とAは西日本のもの、Bが東日本のものです。西日本のタイプでは列車情報はICカードを挿入して読み込ませます。 東日本のものについてはよくわかりませんが、機器の形状から判断すると手動で番号などを入力するものと思われます。
 西日本のもののうち、@は103系に使用されている旧形、Aは201系に使用されている新型で、情報窓の大きさが異なっている のが特徴となっています。
 余談ですが、JR西日本が発売した鉄道シミュレーションゲーム「運転道楽」ではこのICカードを挿入し確認ボタンを押す 一連の動作をします (このゲームでは出庫から楽しめます)。
 運転席にはCのような表示器があります。この表示器は東日本も西日本もほとんど違いはありません。 左から「P電源」「パターン接近」「ブレーキ動作」「ブレーキ解放」「ATS-P」「故障」となっています。 取り付け位置は車輌によって異なっています。
 Dはパターンに接近した時の表示器です。左から2番目の「パターン接近」が点灯しているのがわかると思います (状態の良い 画像が撮影できれば差し替えます ご了承ください)。
 JR東日本では簡易版のATS-PとしてATS-Psがあります。これはATS-SnにATS-Pのパターン 照査機能を追加したもので、地上子が発振する周波数の違いによってパターンを作成し (あらかじめ規定されているとも 予想される)、そのパターンを超過すれば非常ブレーキがかかるようになっています。基本的にATS-Snに付加した機能なので 、このPs形を搭載していない車輌でもSn形として使用でき、逆にSn区間をPsの車輌が走ることもできます。 現在では新潟や仙台付近に設置されており、その区間で使用される車輌に搭載されています。
 ATS-Psの車輌装置はATS-Pのものとはやや異なっています。P形の場合は運転台にはCのような表示器がありますが、 Psの場合は上の画像のような機器が設置されています (画像はキハ58-677の運転台)。これはパターン速度と現在速度を表示するもので、ある意味では 最もよくわかるATS表示器と言えるかもしれません。このATS-Psを搭載した車輌は運転台側面にPsの表記がされています (ATS-Pnの場合はPN)。

 このように万全の機能を備えているATS-PはATCをも上回るものとして注目され、事実、総武地下線 (品川〜東京〜錦糸町)ではATCからATS-Pになりました。しかしこのATS-Pも設置箇所が少ないとあまり効果はなく、 特にJR西日本のATS-PやATS-Psでは絶対信号のみに対して設置されおり (拠点設置と言う)、すべての信号機に対して速度照査が 行われていないという欠点があります。曲線部など速度制限の照査は地上子設置により行われますが、これも設置数が十分 でなければATS-Pを搭載していても無意味となります。JR西日本の場合では絶対信号機に対してはATS-Pを、それ以外 にはATS-SWを併用する方式をとっています。そのため閉塞信号に対する速度照査は事実上ノーガードとなっているのが 現状です (停止駅に絶対信号がなくても列車パターンによって停車のパターンが発生するため駅を通過してしまうことは ないと思われます)。これはATS-P非搭載車も通過できる利点がありますが、安全性ではやはり疑問の余地があると 思われます。
 また、JR西日本ではこのようなことがありました。ある列車が 正常な運転で駅に進入しようとしたところ、ATS-Pが作動して停車してしまいました。この原因は誤ったICカードを 使用したことで、正常な進路 (本線) に進入したにもかかわらず、ICカードに入力されたデータの進路 (側線) のパターン をATS-Pが作成したため速度超過と判断し、ブレーキを動作させてしまったのでした。このようなヒューマンエラーは、 いかにATS-Pが高い安全性を誇るものであってもすべてを無にしてしまうものです。
 結局のところ、今までのATSの歴史と同様に最後は人の注意力が大きなカギとなるのです。どんなに高性能の機器の設置を 義務付けても、人の不注意があればその機能は何の役にも立たず、再び混乱が発生し、なにより何らかの悲しみを 生み出すことになってしまうのです。

 次回は私鉄のATSについて簡単に解説をしていく予定です。

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