その3 発展型ATS@


 前回ATSの不備を補うための付加機能について述べましたが、いずれも信号現示とブレーキ操作に対して反応するものであり、 速度に対してはまったく無防備でした。そのためATSの確認動作後にブレーキ扱いをせず、または遅れることによる速度超過 事故が発生しました。以前は技術的な問題もあり、速度に対して制御するのは困難でした。速度制御技術としては新幹線で ATCが導入されていましたが、まだ機器も大がかりであり、既存の車輌に追加するまでには至らなかったのです。しかし電子 技術の向上により、速度超過に対応できるATSの機能が可能になるにつれて徐々に開発されてゆきました。今回はATSの 速度チェック機能、つまり速度照査について解説をしてゆきます。


 @即時停止地上子  


 この機能は速度制御とは直接つながりはないのですが、以下のATSについて解説をするうえで必要な機能ですので先に この解説をいたします。
 それまでのATS地上子は警報を発するための点でしかなく、非常ブレーキを動作させるのは確認扱いがないと車輌が 判断した場合に限られていました。そのため地上子を多く設置して何度も警報を発することはできても、そのたびに確認扱いを していれば走り続けることができました。逆にどれだけATS地上子を多く設置しても、列車を強制的に停止させることは できなかったのです。そこで開発されたのが強制的に停止させる地上子である即時停止地上子です。
 この地上子は場内信号や出発信号など、赤信号のときは絶対に進んではいけない「絶対信号機」の下に設置されました。 これらの信号機の停止現示を無視して進入した場合は、確認扱いの有無にかかわらず非常ブレーキが作動するようにされました。 ほかにも絶対信号と同様の理由で、停止しなければ重大事故につながる末端駅や行き止まり線に対しても設置されました。その 一方でこれら以外の信号機 (閉塞信号機など) に対しては設置されていません。これは絶対信号機以外ではダイヤの乱れを 最小限に抑えるため、停止現時でも低速で進むことが認められていたからです。
 ようやく列車を止めることができるようになったATSですが、非常ブレーキをかける点が現に停止現時を示している 信号付近であることから速度が高い状態であれば非常ブレーキがかかっても衝突してしまう欠点がありました。2005年に発生した 土佐くろしお鉄道宿毛駅で発生した宿毛事故は即時停止地上子の限界を如実に現した事故であったと言えるでしょう。

 

 A 分岐器過速度警報装置


 速度照査機能については以下で説明するもの以前にATCがありましたが、地上、車輌ともに機器設備が大がかりであるうえ、自動 閉塞であることが前提となっていました。103系や113系のATC車で運転台の後ろがATCの機器室となっていたことを考えて いただくと納得いただけると思います。そのため既存の車輌に追加装備するということは不可能に近いことであり、ようやく ATSが全車に設置できたばかりで再びATCに切り替えるのはあまりにも不経済でした。そこで既存のATSに速度をチェック させる機能をつけることが考え出され、実用化されてゆくのでした。
 そもそもATCとATSは似た物でありながら根本的に異なるものでした。ATSはその前身を「車警」と言ったように、単に 「警報」を発するものであって運転制御には本来関わらないものでした。一方ATCはAuto Train Controlの名のとおり、自動的に 運転制御できることを目指したものであり、ATCでの速度表示はまさに信号現示であり、絶対的な意味を持っているのです。 現在でこそATSもATCも速度をチェックし非常時にはブレーキをかけるようになっていますが、元をただせば方向性はやや 異なっていたのです。

 まず最初に速度照査をする必要が出てきたのが分岐器、つまりポイントの部分です。分岐器の部分は枝線の部分に開いている 場合は当然速度制限がかかりますが、ATSの性質上赤信号を無視しなければ何の警報も発せずどんな速度で進入することも 許してしまいます。仮に出発信号機の停止現時に対して場内信号機の手前で警報が鳴ったとしても、それは「出発信号機を 越えてはならない」というものであり、「速度を落とせ」というものではないのです。そこで国鉄時代に「分岐器過速度警報装置」 が開発されました。最初の速度照査装置となったこの装置は、45km/h以下の速度制限となる分岐器に進入する場合にATSの 警報が鳴るように地上子がセットされ、速度の判断は2個1対の地上子間を通り過ぎる時間で判断されました。

 地点1と地点2には速度照査用のATS地上子、地点3には警報発信用の地上子(場内信号用のものと共用)が設置され、地点3から地点Aまでの距離はある速度 での非常制動距離に設定されます。通過時間を計るタイマーは車輌ではなく地上の信号機器に設置されています。列車が場内信号 の軌道回路に進入したことを検知すると、速度照査電波が発信されて通過速度を計測する準備をします。
 仮に地点1-2間を1秒未満で通過した場合に警報を発するとします。この地点での通過速度(通常の減速扱いをした場合の速度)を 60km/hとした場合、地上子1-2間の距離は16.6mとなります。


 速度制限を守って所定の位置で減速をし、地上子1の手前で60km/hよりも減速できていた場合は、地点1-2間を1秒以上で通過 します。


 この例では1.55秒で通過したため、何事もなく通過し場内に進入してゆきます。


 ブレーキ操作が遅れるなどして所定の速度を超過して進入した場合は...


 1-2間の通過時間が1秒未満となり、ATS地上子から警報の発信が出て車輌のATS警報ベルが鳴ります。

 ただ、国鉄時代に開発された当初は即時停止装置が開発されていなかったため、通常のATS動作と同じく、一連の動作を して確認扱いをしてしまえばそのままの速度で走り続けしまう欠点がありました。



 B JR後の速度照査機能付ATS



 国鉄からJRへと移行する直前にようやく本格的に速度照査機能をつけたATSの開発が始まりました。現在JR各社によって 名称が異なるATS-Sの発展型がそれです。JR北海道のATS-SN、JR東日本のATS-Sn(本来の表記はS だが、北海道タイプ混同しやすいので以降とSnと表記)、JR東海のATS-ST、JR西日本のATS-SW、 JR四国のATS-SS、JR九州のATS-SKなどです。使用する信号周波数などは各社共通のため全く互換性がないという ことはないのですが、大きく分けてJR東日本タイプとJR東海タイプに区別されます。この2種類の区別は、速度を測る タイマーの位置の違いによるものです。
地上タイマー方式
 まず、JR東日本とJR北海道が採用しているのは「地上タイマー方式」というものです。これは先ほど解説をした 分岐器過速度警報装置に即時停止地上子を用いた機能を加えたもので、基本的な動作原理は分岐器過速度警報装置と同じです。 分岐器(ポイント)部分のほか、曲線部分などの速度制限区間にも設置されるようになりました。

 分岐器過速度警報装置と同じく、速度制限区間の手前に速度照査用のATS地上子(地点1と地点2)を設置し、地点3には即時停止 地上子が設置されます。制動距離となる地点3〜地点Aの距離は、制限速度が45km/hであれば分岐器過速度警報装置よりも短く することができます。これは分岐器過速度警報装置ではATS確認の5秒間に進む距離が余分に必要であったからです。

 制限内の速度で通過した場合は省略しまして、制限速度を超えた場合について解説いたします。分岐器過速度警報装置と 同様に、地上にあるタイマーが所定の通過時間よりも早く通過した場合、地点3の即時停止地上子から即時停止信号が発信 されます。

 分岐器過速度警報装置ではATS警報ベルが鳴り、一連の確認扱いをすればそのまま進むことができましたが、このATSの 場合は確認操作の有無にかかわらず非常ブレーキが作動します。

 地上タイマー方式は分岐器過速度警報装置があれば簡単に追加できるうえ、車輌数に対して該当区間が少なければ設備が 抑えられるメリットがありますが、地上設備に必ず電源が必要であるため、山間部などの制限区間や積雪による電圧の変化に 弱い欠点がありました。


車上タイマー方式
 一方、JR東海など西の地域の会社は「車上タイマー方式」を採用しました。この方式は地上タイマー式で地上の機器に 設置されていた速度照査用のタイマーを各車輌に設置した方式です。つまり速度を調べるための信号電波の発信は車輌側から 行い、地上子はその電波の反射板となったうえでその反射間隔を車輌側のタイマーで計測・判断するのです。
 なお、JR東海と他の3社(西日本・四国・九州)は機能などで微妙に異なる点がありますが、細かい部分であり、室長もあまり 理解できていないことから省略させていただきます。

 従前の例と同じく、タイマーで1秒未満を検知した場合非常ブレーキがかかると仮定します。単純な速度制限区間であれば このような配置となります。速度検知用のATS地上子が地点1と2に設置されますが、地上タイマー方式で設置されていた 即時停止地上子は必要ありません。


 速度制限区間の手前で減速し、安全な速度で速度照査点に進入します。速度照査用の信号は常に発信されており、地点1の 地上子でタイマーがカウントを始めます。適正な速度であればタイマーは1秒以上を計測します。


 地点1と2の間を1秒以上で通過すれば何事もなく通過できます。


 速度超過をした場合はタイマーは1秒未満となり、非常ブレーキが作動します。非常ブレーキの作動点は通過時間が確定した 地上子2の地点となるため、設備の長さは地上タイマー方式よりも短くできます。

 車上タイマー式の長所は何と言ってもATS地上子に電源が必要ないことです。そのため山間部など電源の確保が難しい場所 にも設置することができるうえ、地上子は電波を反射する鏡でしかないため構造も簡単となり、地上子の単価も安く済みます。 その反面、運転台のある車輌に必ずタイマーなど新たな機器を設置する必要があり、車輌数が多いと経費が多く必要となります。 さらに、分岐器過速度警報装置は地上タイマー式のままのため、地上タイマー式と車上タイマー式の二重設置となってしまい、 この点でも不経済な面が発生してしまいます。 また、ATS-Sn系など車輌にタイマーを持っていない車輌では速度照査ができないため、速度超過を許してしまうことに なります(ATS-Sに分岐器過速度警報装置を追加した状態)。このことからJR東日本の車輌のうち、JR東海に乗り入れる 車輌には車上タイマーが追加されています。


 なお、いずれの場合も1対のみ設置されることはまれで、速度照査地上子の距離を変えて検測速度を変化させ、何段階かに分けて 速度をチェックすることが多いです。たとえば上の場合(車上タイマー方式)、地点1-2で地点3の60km/h制限の速度照査をし、地点3-4では場内の45km/h 制限の速度照査を行います(地上子の間隔を長くすれば照査速度は高くなり、短くすると低くなる)。これにより大幅な速度超過が あっても地点2で非常ブレーキがかかるため、場内の速度制限を超過する危険性は抑えられます。また、追突事故など最悪の事態が 発生しても、速度を低く抑えることにより事故を最小限に抑えることができます。このように地上子を多く並べて細かく 速度照査をすることで、事故を防ぎ、被害を最小限にくい止めることができるのです。


 こうして速度がチェックできるようになったATSですが、まだまだいくつもの改良すべき点が多く残っていました。まず 最初にあげられるのはブレーキの問題。ATS-Sの頃より、ATSが作動させるブレーキは非常ブレーキとなっていましたが、 非常ブレーキは一度かけると停止するまで解除できないうえ、ATS解放などの手順をふんでいると大変な時間がかかってしまい ました。そのためわずかな速度超過でも停止してしまうとかえって遅れが増し、結果としてダイヤの混乱を大きくして しまいます。次に考えられるのが照査点以外での速度超過の問題。こうした改良型のATSでも速度照査点を過ぎれば速度を チェックできないため、地上子を過ぎたところでブレーキを解除、または加速による速度超過が可能になってしまいます。 地上子を多くすることである程度は防ぐことはできますが、設備費用もかかってしまいます。
 最も問題なのが地上子の設置箇所や基準も各社によって異なっていることと、福知山線の事故以前では曲線部分の設置は ほとんど行っていなかった点です。つまり分岐器過速度警報装置の時代と大して変わっていないのが現状であり、分岐器過速度 警報装置ですらあまり設置されていない状況でした。福知山線事故以降曲線部にも速度照査ができるよう通達により 義務付けられたものの、私鉄を含め各社ともまだ進んでいないのが現状です。なお、私鉄のATSについては別の機会に 取り上げたいと思います。

 このような点から常に速度をチェックし、かつ緩やかにブレーキをかけて遅れの傷を大きくしない新たなATSが望まれる ようになりました。技術的にもそれが実現可能になり、誕生したのがATS-Pです。次回はATS-Pについて解説を してゆきます。


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