ドアは自動では開きません

 「ドアは自動では開きません」 このように書かれた場合、鉄道好きの方ならば寒冷地、または冷暖房の保温のための注意書きか...と 思われるでしょう。しかしこれは最近JR西日本のインフォマーシャル (321系や225系など液晶ディスプレイのある車輛で流されている広告) での文言です。もちろん前述の案内ではありません。駆け込み乗車に対する注意喚起です。

 鉄道車輛のドアは人や物が挟まってもエレベーターのように自動では開きません。鉄道が好きな方ならば常識でしょうし、このことに何の 疑いも持たれないでしょう。ところがこれは一般の方 (要は鉄道に興味のない人) では常識ではないようなのです。まさかと思い、鉄道に 興味のない友人 (年下) に訊いてみたところ、まさにこの常識は通用しなかった (挟まれてもエレベーターのように開くと思っていた) のです。 逆に年配の方ならばそうした装置の存在を知らない可能性もあるので、鉄道車輛のドアは挟まれても自動では開かないということはご存じなのかも しれません。
 まぁ、このように思われる背景は次の二点にあると思います。ひとつはそうした安全に対する技術が発達し、それが一般にも知られているのに対し それが鉄道には適用されていないこと。エレベーターの場合はドアに厚みがあり、かつドアが二重 (建物側とゴンドラ側) になっているためそうした 安全装置が設置しやすいのに対し、鉄道車輛の場合はドアは薄く、センサーなども設置すると満員時に支障をきたす場合が想定されます。一部ワンマン 列車の場合ドア外にセンサーが設置させている場合がありますが、これはあくまでも挟んだ状態で発車するのを防ぐものであって、ドアを自動で 再開閉するためのものではありません。同様に車輛内部にセンサーがあり、警報音が鳴るものもありますが、それは折戸の巻き込み防止でこれも ドアの再開閉のためではありません (警報が鳴っている限り開閉作業はできませんが)。
 もうひとつは車掌の技術力の向上とドア開閉速度の低下が考えられます。鉄道会社の悲しいところは、落ち度は乗客にある (要は駆け込み乗車を するということ) のに、それでケガをさせてしまったら訴えられる可能性があるということです。もちろん、示談や裁判の過程で相当相手の過失が 追及されることになると思いますが、その前段階としてそのような面倒な事態を引き起こさないように、いや乗客にケガをさせないように車掌は 訓練を受けるはずです。したがって駆け込み乗車がある場合はすぐさまドアを閉まらないようにし、挟まれることなくドアは開く。そのような アナログな職人技が「自動で開く」と認識されてしまっているのかもしれません。またドアの開閉速度も昔に比べると遅くなっており、特に閉まる 速度は開く速度に比べると遅く設定されています。まだ近畿圏で残っている103系も昔は結構速い速度で閉まっていましたが、今は比較的遅め (でも JR後の車輛に比べると早め) にされています。数年前に東京メトロでギロチンのような早い速度で閉まるドアを見た時はある種の感動を覚えました。 ま、冗談はさておき...鉄道会社のそのような配慮が裏目に出てしまっているのは皮肉としか言いようがありません。

 専門家の常識は一般人の非常識ということはそれぞれの分野ごとに多々あると思いますが、多くの場合はその常識が一般人に影響を及ぼす可能性は あまり高くありません (政治の世界なんかは大きいですけど...)。ただ、鉄道の場合は利用者の大半は専門的に知識を持たない一般人ですから そうした常識が通用しない可能性が高くなります。常識が通用しないということは予想をはるかに超えた行動される場合もあるということです。 そのためこうした注意喚起をするのですが...実際どれぐらい伝わっているんでしょうね...。「かけこみ乗車はおやめください」「車内での 携帯電話の通話はご遠慮ください」よく耳にする言葉ですが守られていない様子はしばしば見られます。もはや鉄道の常識が、という問題ではなく 言われたことを守るという社会常識、一般常識の問題なのかもしれません。
きはゆに資料室長