結局は人

 5月20日の新聞 (夕刊) に鉄道にまつわる、ちょっと気になる事故 (事件) が2件ありましたのでご報告します。

 1件目は19日午後8時ごろ、JR西日本の東海道本線で発生しました。列車は敦賀発姫路行きの新快速 (12輌) で、 米原の次の停車駅である彦根を10秒早着したことがきっかけでした。この1駅だけが早着であれば大した問題でもないのですが、 彦根の先の停車駅でもそれぞれ5〜10秒早着していました。ご存知のように、運転士は速度計を見なくても速度が判断する 訓練を受けているため、この運転士も速度計の表示が体感速度よりも低いと感じていました。そこで停車駅の石山駅で車掌に連絡し、 車掌側運転台の速度計が120km/hになったらブザーで連絡するよう依頼し運転を再開したところ、116km/hでブザーが鳴りました。 このことで列車は京都駅で運転を取りやめることになったのですが、ここで注目したいのは運転士のこの判断です。
 早着が続くことに気づき、違和感を感じるまでならば普通の運転士ならあるのかもしれませんが、この運転士の場合は それを確認し異常があることまでも突き止めたこと、そしてその誤差が4km/hであることがすごいのです。実際運転士の速度判断の 誤差がどれ程まで許容されるのかがわかりませんが、その前日18日に片町線でも速度が低く表示されていたのですが、そのケースでは 速度の表示差が10km/hですので少なくともこれよりも精密な体感速度を持っていたということになります。

 2件目は19日午後7時10分ごろ、京阪電鉄の石坂坂本線で石山寺発近江神宮行きの普通列車が浜大津駅の場内赤信号を冒進し、ATSが作動し 停車しました。これで終わればまだよかったのですが、運転士は運転士連の指示を受けないまま勝手にATSを解除して発車したため 折り返し線側に進路が向けられていた分岐に逆側から進入し、この分岐に乗り上げて壊し立ち往生してしまいました。この事故のため 運転復旧に石山坂本線は1時間20分、浜大津駅が終点で分岐する京津線は2時間20分かかりました。
 この事故での問題は信号冒進とATSの不正解除という二重のミスが重なった点にあります。このような二重のミスはATSが導入されて 以来幾度かあったことではありますが、それを完全に防止する手立てがまだ確立されていないことを物語っています。

 この2件の事件、事故から感じたことは、どんなに技術が進んだとしても最終的には人の判断が重要だということです。
 1件目の事例においてはATSなどの動作基準となる速度計の表示が狂っていたことは、機器が正常に動作しなくなることを意味しており、 19日の事例ではまだ誤差の範囲で収まるかもしれませんが、18日の片町線の事例の場合は10km/hもの誤差ですので重大な事故につながる 可能性も含んでいます。また、今回は「低く表示」されていたため速度超過の危険性があったのですが、逆に「高く表示」された場合は 定時運行ができなくなったり、ATSが誤作動 (基準速度に到達しなくても速度超過と判断して作動する) したりすることが考えられます。 運転士の体感速度訓練は機器不作動といった明らかな故障や、いちいち速度計を見ずに運転するためと思われますが、こうした誤差に 気付くことも今後重要になってくるのかもしれません。運転表示のハイテク化によって実際に確認しなくてもモニターなどで状況がわかる ようになってきていますが、その表示が誤っているかもしれないということを念頭に置き自らの感覚もあわせて総合的に判断・検証 することが重要です。機器のみを頼ってもいけませんし、自らの体験・感覚のみで行動してもいけません。そして、おかしいと思ったら それを証明することの重要さをこの事例は物語っています。
 2件目の事例においては技術によりミスを防いだとしても、人の操作によってダメにしてしまうことを防ぐことの難しさを物語っています。 ATSの歴史は人の操作との戦いの歴史でもあります。そのあたりの歴史は過去の特集を参照していただくこととして省略しますが、 今回のようにATS動作後の解除については指令との打ち合わせ後に運転士が解除する方式が基本的に続いています (指令側により解除する 会社があるかもしれませんが確認していません)。つまり今回のように、進路の決定権がある指令の意思を無視して運転を再開することを 防ぐことはまだできないということを意味しています。今回ような場合は指令側がATSを解除・再設定するほうが安全上好ましいのですが、 運転復旧までの時間や現場の確認、信号などの別の要因の故障があれば指令側ではなく現場である運転士によるATSの解除・再設定の 方が好ましいかもしれません。

 いずれにしても、人のミスは機械によりカバーしなければなりませんし、機械のミスは人によりカバーしなくてはなりません。けれども 機械のミスは元をたどれば人のミスということになりますし、機械のミスをどのように判断するのかも結局は人なのです。 行き着く先、最終的にしっかりしなくてはいけないのは人だ、ということなのです。
きはゆに資料室長