ブームには乗るな

 先日、ウチの電子レンジが逝去いたしました。1981年7-12月期生まれ、享年28歳。このテの家電製品としては長寿の部類だと思います。私にとっても物心ついた ころからずっと生活をともにしてきたものですから、「捨てる」という感覚よりも「葬儀」といった感覚を覚えました。全てのものに関して共通して言えるのは、 長く使い続けているものには少なからず愛着が沸き、それがその役割を終えたとき、またはそれを手放さなければならないとき何らかの喪失感を生じ、惜別の感情が 生まれます。
 その一方で、その代わりとなるものに対する期待と不安、興味、真新しさからの高揚感も、これまた全てのものに共通の感情の表れだと思います。人によって 長年連れ添ったものへの別れ、新たに入ってくる新品への興奮、どちらが強く表れるかは異なりますが、少なくともどちらとも無いという方はいらっしゃらないでしょう。

 さて、これは鉄道にももちろん言えることです。SL、ブルトレ、廃線...などなど、なくなってゆくものに対する一種のブームもあれば、新線開業、新車、 新技術といった「初モノ」もブームとなります。鉄道においても「最初」と「最後」は一部を除いて大抵何らかのブームや騒動を巻き起こします。その規模が 大きければ大きいほどブームは加熱し、社会問題にまでなる場合もあります。しかし、これらはいずれにしてもほんの僅かな瞬間のことであり、だからこそその 希少性も相まって大勢が押しかけるのですが、その一瞬から少しそれるとブームの気配すら感じられない場合もあります。
 こうしたブームは絶えず発生しているため、そのネタには事欠かないのですが、これは単に次々と新しいものが誕生し、古いものが消えていっているからであって ある対象物にとってはブームの最初の発生点、または最終点でしかないのです。つまり新しく誕生したときのブームのあとは、消えるときまでブームは来ないのです。 もちろん他にも様々な要因によって大小のブームを作ることはあるかもしれませんが、何度も繰り返すのは稀なケースです。
 ブームの際に撮影された写真や書かれた文章は、極端に言えばどれも似たようなものとなります。それは対象物が少なく、まだ個性が出ていないか研究し尽くされた ものであるためで、最終的には各自の感受性や解釈の問題となります。そうなれば他人と同じようなものを自分もやってみるだけのつまらないものになりかねません。 これを楽しいものに変えるには、あえてブームには乗らず、ブーム以外の時期に注目するのです。

 最近であれば大糸線のキハ52や北陸・能登の廃止、東北新幹線(新)青森延伸、といった話題がありましたが、前者で言えば少し前であればそれほどの混雑もなく 自然な感じの撮影や乗車が可能であり、後者であれば開業後しばらくするとすっかりありふれた感じで風景に馴染むことになるでしょう。ある時期をずらせば 大騒ぎの中で、時には不快な感情を覚えることも泣く過ごす事ができ、じっくりと自分なりの作品や旅情を楽しむ事が出来るのです。確かに「最初の」とか「最後の」 という強烈な殺し文句の前にはファン心理は脆いものですが、あえてこれをはねつけ、時間に余裕を持てば心にも余裕を持って行動ができるようになります。 特に何かの廃止間際の場合、取り付け騒ぎのように集まるよりも、その気配を感じたときにまだ人だかりが出来ていない段階で訪れるほうがカッコイイと思うのですが。

 車輌の場合、最初と最後のブームを避けるのには別の理由があります。最初と最後というのは誰もが注目をして様々な記録を残しますが、その間に関しては 結構記録がおろそかになっている場合があります。特にブームがすっかり冷めて、もはや注目の対象にすらなっていない時期が一番のポイントです。こうした時期に 車輌は個性をつけてゆきます。揃い組みの配置車番が転属により崩れ、各種改造によって原型とは異なる風貌になることもあり、地域差が現れることも少なくありません。 こうした多くの変化が現れる時期であるにもかかわらず、すっかり日常の風景と化している状態では興味の対象とはならず、その変遷が見過ごされることもあります。 最近であればご丁寧に雑誌誌面で時期が公表されることもありますが、その資料を補完する写真などの二次資料はそれほど多くないでしょう。日常の風景と化して いるときこそが注目すべき時期なのです。
 では、具体的に現在はどのような車輌がその「時期」なのでしょうか。簡潔に言えば、JR初期に登場した車輌です。211系や205系、各JRが1990代初頭において 初めて各社独自で設計、製造した車輌のこと(キハ110系、221系など)です。現在それらの車輌は第二世代、第三世代の車輌によってかつての活躍の場から離れたものや、新技術の搭載、 サービスの変化による改造がなされているため、結構研究の価値が出てきています。また、新型車輌の場合は最初のうちは注目を浴びますが、増備が進み製造が 終了に近づくころも注目すべき時期です。その頃には最初に登場した車輌がそこそこ風格が出てくるのですが、一方で新しく登場する車輌もあり、その間に マイナーチェンジが行われている可能性もあります。その場合、新製のピカピカの状態でその違いを記録しているケースは珍しく、後年資料はあってもそれを 示す写真などの補完資料がない状態となる事が多いのです。ブームが去っているためそうした情報を入手することは困難ですが、逆にブームが去っている時期で あれば人も少なく、研究や観察はじっくりと出来ます。
 これは別にわざわざ研究をされる方に限りません。新しいもの、なくなるものの撮影のときにテスト撮影したありきたりな写真が、後に貴重なものになるかも しれないのです。現在であれば写真を数枚余分に撮っても大きな負担となることはありません。日記のような感覚で「ありきたりな車輌の写真」を撮影しておくのも いいのではないでしょうか。その写真が将来、雑誌に掲載されるほどの貴重なものになる可能性もなくはないのですから。


きはゆに資料室長