鉄道というビジネス

 先々週、750円の雑誌を買いました。750円ですが、月刊誌ではありません。週刊誌です。広告を見て販価を見たときは月刊誌かと思いましたが、週刊誌でした。 週刊誌としては高めなのですが、買うだけの価値があるので買ったのですが、その雑誌は鉄道雑誌ではありません。経済紙の老舗、東洋経済 (2010年4月3日号) です。
 なぜ経済誌を、ということなのですが、特集が鉄道なのですから素通りするわけにはいきません。もちろん内容は経済誌らしく、鉄道を経済的な視点で記事に しています。具体的には新幹線の海外輸出、新幹線延伸開業に伴う地方の影響、車輌デザイン、車輌パーツの製造会社、地方鉄道の実態...などなど。鉄道雑誌でも 取り上げられているような内容ですが、そこはさすがに経済誌。趣味的な観点からは一歩引いた客観的な視点で書かれています。けれども私が一番食いついたのは 「JR全路線&主要私鉄 収支の実態」でした。

 国鉄時代は国会に決算報告をする義務があり、同時に各路線の収支や営業係数なども報告され、トップ10およびワースト10程度が一般の新聞紙上にも発表されて いました。しかしJRとなってからはこうしたものは公表されず、一応統計などでデータは上がっていましたが、それは国鉄時代のように簡単にわかるものではなく 経済の知識を必要とするものでした。そのためJRの各路線の経済面での実態はほとんど知る術がなかったのです。しかし今回の東洋経済誌ではかつての新聞発表の ように一覧でわかりやすく発表されており、大変貴重な資料と位置づけられるものなのです。また、これには平均通過数量 (1日に1キロ当たり何人を運んでいるか) が2007年のものと1986年のものが掲載されており、この21年で各路線の利用者の増減もデータ化しています。誌面では各JRごとにデータを掲載していますが、 全線レベルでトップ10、ワースト10を抽出すると以下のようになります。
トップ10
路線名 営業係数
東海道新幹線 51.1
山手線 57.1
赤羽線 57.8
東海道本線
(東日本区間)
59.8
横浜線 61.9
総武本線 62.2
根岸線 63.1
京葉線 64.0
中央本線
(東日本区間)
64.3
10 南武線 64.8
路線名 平均通過数量
山手線 1098346
赤羽線 696510
東海道本線
(東日本区間)
335697
大阪環状線 290580
東海道新幹線 230109
東海道本線
(西日本区間)
230109
横浜線 218264
総武本線 206912
根岸線 180864
10 京葉線 159960
ワースト10
路線名 営業係数
名松線 517.9
参宮線 406.0
飯田線 374.0
紀勢本線
(東海区間)
369.0
岩泉線 353.9
只見線 332.3
山田線 331.5
北上線 329.4
米坂線 327.8
10 花輪線 325.7
路線名 平均通過数量
岩泉線 58
三江線 94
大糸線
(西日本区間)
165
留萌本線 183
木次線 274
予土線 287
名松線 311
日高本線 353
只見線 404
10 山田線 419

 国鉄時代のものと異なる点も多少あり、東海道本線など数社にまたがる路線では特に単純に比較することは出来ないかもしれませんが、現在の状況を知る上では 貴重な数値です。特徴的なのは黒字線が格段に増えていることと、赤字線でも最高が名松線の係数517.9で国鉄時代のような1000を超える路線がないこと。よくぞ ここまで経営改善が出来たものかと感心する一方、それだけのムダがあってことと、経営改善のためにどれだけの経費削減が行われたかを考えると複雑なものが 出てきます。また、JR東海では新幹線と東海道本線以外は赤字線、しかも係数的にはかなり悪い水準であるにもかかわらず、会社としては係数が67.3と全JRの 中では最も良好で、いかに新幹線サマサマなのかが如実に出るものとなっています。一方JR北海道と四国は全路線が赤字で、JR四国は唯一平均通過数量が減少 しており、経営の苦しくが数値でもはっきりと出ています。

 なお、国鉄転換の第3セクターや大手私鉄、地下鉄、路面電車、一部中小私鉄なども掲載されていますが、大手私鉄や地下鉄では主要路線のみの掲載であり 問題となっている新規開業線などはないのは多少残念なところです。特に公営地下鉄では京都市営地下鉄 (烏丸線) のみが赤字となっている以外は黒字となって いるのですが、当然あるはずの赤字線については掲載されておらず、公営鉄道の問題を研究する上では物足りない感が隠せません。一方、環境面で注目を浴びている 路面電車においては赤字線が多く、別記事においてもLRT化が進まない問題点が取り上げられています。

 ここまではまだ鉄道雑誌においても行われうる内容でしたが、経済誌らしい記事もありました。それは「駅力」のランキングです。この「駅力」とはその駅の 利便性と市場性から勘案した、居住地としての評価のことだそうで、首都圏、近畿圏 (実質京阪神) 、中京圏の地域別と、それぞれの地域の主要路線の駅 (路線に よって駅数にバラつきあり) ごとのデータを掲載しています。こうした統計の出し方は鉄道雑誌では行われることはないため新鮮に映ったのですが、生活拠点の 根拠を分譲マンションの戸数のみで判断していることや、市場性をこの分譲マンションを賃貸とした場合で算定するなど、やや画一的な感じが否めないところが 見受けられます。例えば同じ市で至近距離にある駅でも、再開発が進み新築マンションが建っている駅では市場性が高く評価され、小規模な区画整理が終わって 数年経ったほうの駅では市場性が低く評価されているなど、あからさまなマンション重視の姿勢が出ています。もちろんこのデータには公共機関や学校、既存の 商業施設は勘案させていないように見え (賃料計算するときに査定に入っている可能性もある) 実際の「住みやすさ」とは若干誤差があるかもしれません。
 けれども各駅の魅力というのは鉄道雑誌ではわからず、むしろ不動産情報誌の要素で興味深いものがあります。駅自体の発展を考える場合、鉄道雑誌でも不動産 情報誌でも優等列車 (快速列車や料金不要の特急など) の停車を考えますが、鉄道雑誌においては単に利便性の向上だけで終わる一方、不動産情報誌などでは 利便性向上による地域商業の発展とそれに伴う地価の向上など、鉄道以外の「地域経済」を含めた視点で展開されます。ここに「鉄道趣味」と「ビジネスとしての 鉄道」の違いが出てきます。鉄道趣味であれば、極端に言えば採算度外視でも許される風潮がありますが、ビジネスとしての鉄道では利益追求が最終目的であり その目的を果たせないのであれば趣味としては満足であっても失敗=敗北となるのです。先ほどの営業係数の改善も、こうした「ビジネスとしての鉄道」に転換した 事から達成できたものであり、その結果減少してしまった鉄道趣味としての魅力は仕方のないことであると言わざるを得ません。特にJR東海やJR東日本では 新幹線や都市部の黒字線の儲けを赤字線の補填にまわすという国鉄時代からの方式が残っているため、その傾向はより強くなっているように感じます。一方各地に 鉄道部を作り、各地域での独自採算に努めるようにしたJR西日本では最高の営業係数は三江線の264.7であり、各線で黒字経営への努力が見られます。正直なところ、 JR西日本のローカル線がこの程度の営業係数にとどまっていたことは以外でした。これ以上は削れないところまできたJR西日本のローカル線は、その努力で 赤字の割合を減らすことにはある程度成功しました。しかしこれは将来鉄道として存続できるか、という点では疑問が出ています。過度な効率化を進めたばかりに 客離れがとどまらず、結局は再び採算が悪化し...という悪循環を引き起こしかねない状況にあります。こうした列車本数など鉄道自体の問題については逆に 経済誌ではあまり取り上げられない部分であり、そのあたりの問題については鉄道雑誌の分野となります。こうした2分野の問題を総合的に (できればわかりやすく) 取り上げた雑誌があればいいんですけどね...。

 私なりに色々と取り上げてみましたが、ここでは出していないデータもたくさんありますし、他の記事についても皆様の興味をひくものがあるかもしれません。 この東洋経済2010年4月3日号はもはや新刊ではありませんが、バックナンバーとして購入する事が出来ます。出版社の直販もありますが、近所の書店で取り寄せる こともできるようですし、大きな書店であればバックナンバーをそろえているところもあるようです。もし今回の特集に興味があれば、取り寄せてみてはいかがで しょうか?750円の価値はあると思います。
           週刊東洋経済バックナンバーページ


きはゆに資料室長