鉄路が運ぶもの

 今の日本において、鉄道で運ぶものと言えば会社員や学生、旅行者などの人。そして食品や日用品、そしてこれらの原材料。 しかし鉄道で運ばなくなったものも多くあります。自動車などがその例です。その一方、諸外国では日本ではなくなった輸送物が まだ運ばれている例もあります。けれども、そのなかには二度と運ばれてもらいたくないものもあります。
 最近のニュースでその「輸送物」が鉄道で運ばれているのを見ました。場所はロシアからグルジアにかけての地域。その輸送物、 もう察しがついたと思います。戦車などの兵器です。8月に入ってから突如としてグルジアに侵攻したロシア軍。その侵攻には 鉄道も使用されていたのです。鉄道の利用は、一度占領した区域であれば陸路で侵攻するよりもずっと早く移動ができ、兵力の 増強が容易に出来る利点があります。今回の場合、この鉄道はもう一つの側面がありました。侵攻後、ロシア軍は鉄道の橋などを 破壊し、列車が通れないようにしたのです。これは石油などの物資がグルジアへ流れないようにするための経済封鎖として行われ ました。「侵攻したら容易に撤退はしない」という誇示もあるのかもしれません。いずれにせよ、海外においてはまだ鉄道は 軍事上重要な位置づけとなっている場合があるのです。
 第一次世界大戦から第二次世界大戦の初期までは、鉄道は単なる輸送路だけでなく、軍事作戦上重要な役割を担っていました。 まだ飛行機が発達していなかった第一次世界大戦では、大きな破壊力を持つのは軍艦かこれと同じ口径の大砲でした。海岸部で あれば軍艦や地上の要塞砲などがこれに該当しましたが、内陸部ではこれだけ大型の大砲を移動させることができる自動車の類は 存在していません。まだ戦車が登場したばかりの時代です。そこで登場したのが「列車砲」です。列車砲とは特大貨物車(シキ)の ような車輌で、シキの貨物部分が大砲となっていると考えてもらえればわかりやすいと思います。この列車砲は単に大砲を運ぶもの ではなく、線路上からある目標に向かって射撃をするのです。似たような物に装甲列車がありますが、こちらは鉄道自体の防衛など を主な任務としており、敵との距離という点では全く性質が異なります。けれども列車砲も装甲列車も、鉄道の線路上という 限られた場所での移動や、大型爆撃機などより強力な破壊力を持つ兵器の登場で、第二次世界大戦も末期になるとすっかり時代 遅れの兵器となっていました。
 鉄道を利用した兵器はなくなったものの、兵器の移動手段として鉄道が利用されるのは前述の通りです。では日本においても これはありうるのでしょうか?「戦車の移動」だけであれば可能性は低いと思います。自衛隊の初期の戦車であれば、輸送は 可能でしたが、現在の主力戦車では重量も大きさも鉄道で輸送できる限界を超えているため、鉄道の利用は出来ないと思われます (噂によると一部の道路橋なども通行できないので、かなり移動は制限されるとか)。しかしトラックや装甲車などであればその 可能性はわかりません。かつて自衛隊には第101建設隊という鉄道の専門部隊が存在しました。これは戦前の鉄道連隊の流れを 受けるもので、鉄道の敷設、補修、運転などの訓練を受けていました。この部隊がまだ存在していれば、鉄道による軍事輸送が 行われる可能性がありますが、この部隊は昭和41年に解隊され、現在自衛隊には鉄道に関わる部隊は存在していません。
 このように表面上はJR線上で兵器の輸送は行われないように見えますが、小火器や弾薬、さらには部品などとなるとその実態は 不明です。また、青函トンネルが開通する数年前、鉄道雑誌上で青函トンネルを有事の軍事輸送に使う事が議論されました。 当時はまだソ連は崩壊しておらず、東西冷戦は続いている時代でした。したがって北海道は対ソ連の最前線であり、本州と北海道を 結ぶ青函トンネルは軍事上重要な意味を持っていました。今となっては東西冷戦が終結し、青函トンネルの軍事利用という話題も すっかり消えていますが、昨今の不安な世界情勢ではこの話題が再浮上しないとも言い切れません。
 世界中の鉄道から兵器類がなくなり、運ばなくなる日が来るように。もちろん鉄道だけでなく、世界中から兵器がなくなる日が 来るように。このような話が過去のものとなるように。
きはゆに資料室長