アスベスト禍 

 「ここでボール遊びしたらあかんで。ボールが天井に当たったらアスベストが落ちてくるからな。」 小学生のとき先生に言われた言葉を思い出した。たしかに小学校で下駄箱があったところの簡素な屋根の内側には、鬱陶しい色の綿みたいな物が一面に付着していた。そこそこの広さがあったその場所は、雨が降った日などはちょっとした遊びができる場所でもあった。その当時は落ちてきたらヤバイもの、という程度の認識であった。しかし理科の教科書に書かれていた「石綿つき金網」を「セラミックつき金網」と書き換えさせられるなど、当時からその問題は重要であったことに変わりなかったのである。
 クボタ神埼工場の元従業員と周辺住民がアスベストが原因と見られる中皮腫により死亡または通院していることが発表され、全国的にこのアスベストの被害実態が広まっていった。実はこのクボタ神埼工場の発表の少し前に、国鉄(JR)鷹取工場で働いていた方がアスベストによる労災の申請を行ったことが新聞で報道されていた(これはじん肺なのか中皮腫なのかは不明)。記事によると蒸気機関車に使用されていたアスベストを吸ったためということだったので、この件は過去のものと思っていた。言うなれば、小学校時代までの話だと思い、現在とは無関係と考えていた。そう思っていた矢先の一連の発表と報道。しかも鉄道も無関係ではない。小学生の頃以降もアスベストがこんな身近に存在しているとは思わなかった。
 アスベストというものは断熱性が高く、高温にも耐えられるうえ加工もしやすいため、配管や天井板、壁材の断熱材として多用されていた。小学生のときに見たアスベストもこの用法である。鉄道車輌の場合も同じで、主に屋根の断熱に使用されているということだが気動車などでは排気管や床下の断熱にも使用されていると思われる。もちろん使用されているアスベストは露出された状態ではなく、ただちに健康を害するような状態ではない。しかしJR東日本では廃車計画を早める方針を出した。各社に存在するアスベスト使用車輌は以下のとおりとなっている。
JR北海道
JR東日本
JR東海
JR西日本
JR四国
JR九州
21輌
約250輌
2輌
約200輌
15輌
161輌

アスベストの使用がやめられたのは1970年代の半ばであるため、該当する車輌は国鉄型車輌でもかなり年季の入ったもので人気のある車輌も多い。キハ58系、キハ181系、485系、103系、113系、115系、475系、415系などが該当し、全ての車輌が該当する系列もある。JR東海の2輌は事実上の保存車であるキハ30とキロ28、JR四国の15輌はキハ58と推察される。JR東日本、JR西日本、JR九州の数には475系があり、かなりを占めることになる。ほか、485系や103系、113系、115系は使用禁止となって以降に製造された車輌もありどこまでがアスベスト使用車輌かが判然としない。また、これら車輌の改造車や車体更新車もアスベストがそのままになっているかは不明である。いずれにしてもこれら貴重な車輌がアスベスト公害の渦に飲み込まれ、予定よりも早く姿を消しそうな感じとなってきた。103系や113系などでは延命工事の際に断熱材の交換もすれば問題はないと思うのだが。それより問題なのは目にみえる部分のアスベストである。数日前にも、新大阪駅のコンコースにアスベストが使用されそれがいまだに露出していることが報道された。車輌の廃車を早めることも対策のひとつかもしれないが、駅というより大人数が集まる部分でのアスベスト対策のほうを重点的にやってもらいたい。こちらの方が飛散する可能性は高いのであるから。


きはゆに資料室長