福知山線の事故から約2ヶ月が過ぎ、6月19日に運転が再開されることとなりましたが、いまだ事故の傷は大きく、この事故による悲しみも癒えてはいないのが現状です。その一方でこの事故は様々な方向に余波をもたらしました。 まず最初にあげられるのが置き石などの列車妨害の多発です。世間を大きく騒がせる事件が発生した場合、しばしばその事件の模倣や便乗行為が発生します。一時前はニセ札、その前は「振り込めサギ」...。このように話題性が高く、行為が簡単であったりニュースで手口が詳細に解説されたりしているものほどこの傾向は強く出ています。もうひとつ、このような行為を誘発するにはその手段となるものや対象物が身近にあり、興味本位でも簡単に行為が達成できてしまう点にあります。ニセ札の場合はパソコンとプリンタ、振り込めサギの場合は携帯電話と銀行口座、そして置き石の場合は線路と石です。こういった意味でも置き石は最も簡単にできてしまううえ、事故発生直後JR西日本の会見による置き石発言がこの行為を誘発し、または歪んだ正当性や正義感を生み出してしまったのでした。もともと置き石事件というものは年に数件はあったようなのですが、今回の事故以降は会見やニュースの影響により急激に増え、この2ヶ月で1年分を上回る件数になっています。事件によっては行為がエスカレートし、逮捕者や補導児童も多数出ております。死傷者が出ていないのがせめてもの救いなのですが、置き石に限らずこうした模倣・便乗犯はその行為に対する処罰の重さを知らずに犯行を行っているのです。置き石など往来危険は2年以上の有期懲役(刑法第125条第1項)となり、これにより人が乗っている列車を脱線など破壊した場合(損傷の程度を問わないとも解することが出来ます)は無期、または3年以上の懲役(刑法第127条)とされ、さらに脱線させたことによって列車に乗車していた人を死亡させた場合は死刑、または無期懲役(刑法第126条第3項)という重い罪となります。また、これらの行為は未遂であっても罰せられます(刑法第128条)。昭和55年に発生した京阪電鉄での置き石事件は中学生の犯行ということで刑事的な処罰は行われなかったのですが(現在ならば少年法が改正されているため処罰されます)、多額の損害賠償が請求されました。刑事的な処罰の重さと、民事での損害賠償の重さを知っていればこうしたバカげた行為はいくらか自制できるのではないでしょうか。ちなみにニセ札の場合は無期、または3年以上の懲役(刑法第148条第1〜2項)、サギの場合は10年以下の懲役(刑法第246条第1〜2項・ほか)となります。 この事故により安全対策の基準が強化され、全ての鉄道に対し一定の曲線部に速度超過を防ぐATSの設置が義務付けられました。この基準は鉄道会社の資本力に関係なく線路条件によって設置箇所が決定されるため経営状態の厳しい地方私鉄にとっては大きな問題となりました。もちろん安全が強化されるためプラス方向の支出ではありますが、保線費用にも苦慮している鉄道では他の部分での支出を抑えねばならず、最悪の場合廃線ということにもなりかねません。国は一応補助金を出す方向にあるようですが定かではなく、その額も負担を軽減するに間に合うものかわかりません。いずれにしても全国一律の設置基準は地方私鉄の経営を逼迫することに変わりないことでしょう。 この事故は悪い影響のみを残したわけではありません。もちろん新型ATS(ATS-P)や改良ATSの導入による安全性の向上もありますが、事故現場での救命活動で大きな成果がありました。阪神大震災や地下鉄サリン事件では救急医療現場が大混乱となり、負傷者に対する治療のばらつき、特定の医療機関への集中といったことが発生しました。これらの教訓から災害現場などであらかじめ負傷者に治療の順位をつける「トリアージ」が採用されました。このトリアージとは事故や災害の現場で被害者を死亡と3段階の負傷レベルに判定し、重症→中症→軽症→死亡の順に搬送・治療し、効率よく救命活動を行えるようにするものです。この福知山線事故ではトリアージがはじめて実践され、病院への搬送後亡くなられた方が極めて少なかったことからその効果が立証されることになりました。一方現場でこの判定をする救急隊員には大きな負担(判定は爪を押さえてその反応で判断をする)であり、人命を救う仕事でありながら死亡宣告をしなくてはならないというジレンマも生じています。 もうひとつ救命現場での成果がありました。事故発生から12〜22時間後に4名が救出されました。この4名は1輌目に乗車され、長く全身が強く圧迫された状態にありました。こうした状態から救出をした場合、圧迫された部分を取り除いたあと血液中のカリウム濃度が高くなり心不全や腎不全を起こし死亡する「クラッシュ症候群」が発生する可能性が高かったのです。事実、阪神大震災の際にはクラッシュ症候群により亡くなられた方も少なくなかったのです。今回の事故は「ガレキの下の医療」が行われ、救出活動中も医師がクラッシュ症候群を予防する処置を取り続けたのです。残念ながら救出された4名のうち1人の方は亡くなられましたが、この活動により3名の命が救われたことは今後事故現場での医療、特に「ガレキの下の医療」が人命救助に大きな効果があることの証明となりました。こうした悲惨な事故や災害は我々に新たな教訓を多く与えてくれます。こうした教訓を活かすことこそ犠牲となった方への最大の供養となることでしょう。 2回にわたり事故関係のコラムとなりました。この件に関しては皆さんそれぞれの意見や考えをお持ちでしょう。この室長のコラムに対する批判などもあると思います。そもそも鉄道を扱うサイトでこういう話題を出すことも半ばタブーとも言えるでしょう。しかし私はこの件に関して目をそらすことは出来なかったため、こうして書かせていただきました。その点はご了承ください。本来であれば2004年度の転属・廃車や2005年4月1日の車輌配置などを紹介できているはずなのですが、こちらも事故の影響で資料が一部欠けております。わかっている部分だけでも更新することはできたのですが、後追いで追加更新するほうが混乱すると思い更新を見送りました。今後は通常の更新ができるよういたします。もちろん資料が入手でき次第最新配置等の更新をするつもりです。また、機関車関係の履歴もリニューアルを予定しております。 |
きはゆに資料室長 |