宿毛事故を考える 

   2005年3月2日午後8時半過ぎ、土佐くろしお鉄道宿毛線宿毛駅で特急「南風17号」が速度超過により車止めを突破、駅本屋を破壊し死傷者11名(3日現在)を出す事故が発生したことは皆さんご存知のことと思います。今回この事故について考えてゆきたいと思います。なお、このコラムを書くにあたり使用するデータ等は2005年3月3日18時現在のものであることをご了承願います。
 新聞等で現場写真をご覧になった方はお分かりと思いますが、宿毛駅は対向式ホームを持つ2線の終端駅で高架駅となっています。事故車である「南風17号」は岡山発宿毛行き、2000系気動車で編成された3輌編成で、前(宿毛)側からグリーン車と指定席(1号車)、高知まで半室指定の自由席車(2号車)、そして喫煙の自由席車(3号車)となっており、乗客は13名でした。この事故では2輌目が1輌目にめり込むほど速い速度で衝突しましたが、死者が運転手1名のみであったのは最も被害の大きい1輌目がグリーン車と指定席車であったためと推察されます。
 事故の原因は究明中ですが、警察や土佐くろしお鉄道は運転手が何らかの事情によりブレーキをかけられなくなったとみているようです。私、きはゆに資料室長としては惰性状態にできなかった(ノッチオフとならなかった)という見解もしております。それは乗客の証言「平田駅を出発後席を立った際、座席のヘリにつかまなければ進めなかった。これまでにない揺れだった。」や「長いトンネルを抜けるあたりで減速するはずなのに、ブレーキがかかる様子はなかった」「駅の手前100mのパチンコ屋が見えても『ゴー』という音がするだけで速度が落ちず、構内に入り始めてから『キキー』というブレーキ音を聞いた」(いずれも2005年3月3日朝日新聞夕刊より一部要約して抜粋)から、前の停車駅である平田駅出発後惰性運転にはいるためノッチを戻したが力行状態のままとなり、駅侵入時にATSが作動し非常ブレーキがかかったが速度が速すぎたため激突したという考えもできると思うのです。ノッチオフができない段階でブレーキ操作をすることも考えられるのですが、証言からブレーキ操作をして速度が落ちている様子はありません。これは警察などの読みどおり運転手が失神などで操作ができなかったか、異常事態に運転手が慌ててブレーキ操作を怠った、または常用ブレーキを行ったが効果がなかったという3つが考えられます。ブレーキに関しては非常ブレーキがかかっていることからブレーキ自体に問題はなく、運転手かエンジン制御の部分の問題と推察されるのです。この運転手は31歳で窪川での運転手交代時も特に変わった様子もなかったということで、体形などが不明のため断定はできないのですが突発的な発作で運転ができなくなったとする見解にはやや疑問があります。「体形等が不明のため」としたのは、2003年2月に山陽新幹線で発生した運転手睡眠事故(便宜上の事故であり人的物的損害はなし)の運転手がやや肥満気味で睡眠時無呼吸症候群であったためで、運転手の体形によってはこのケースが考えられるためです。特に3セクである土佐くろしお鉄道の場合、過労等ということも考えられるため、現在は運転手が原因であるともないとも言えないのです。ただ、運転手が死亡し証言を取れないため、原因が運転手という見方のみで捜査が進めば正確な事故原因の究明ができない可能性も出てきます。「死人に口なし」という表現は極めて語弊が強いのですが、運転手のみに責任をなすりつけるようなことはしてもらいたくありません。京福電鉄事故のように物理的な原因だったこともありますし。

 ここでATSについて考えたいと思います。この事故でもATSがかかり、非常ブレーキがかかりましたが速度が速すぎたため衝突してしまいました。土佐くろしお鉄道のほか、JR四国などのJRの大部分はATS-Sを使用しています。このATSの特徴はATSのなかでも基本的な効果しかないということです。ATS-Sが作動するのは@1つ先のの信号が赤であるときに確認操作を怠ったとき、A赤信号を超えて進入したとき、B終端駅などで一定の速度を超えた場合があります。このATSの欠点はBの場合を除き速度は関係しないということです。もともと信号冒進の予防のために開発され、信号が赤であれば非常停止がかかる構造であったためで、「信号は赤だ」という確認をすればあとはどのような速度でもよく、ブレーキをかけなくても再力行することも可能なのです。登場した当初は警報ベルが鳴り、確認ボタンを押せば何事もなかった状態になっていましたが、のちに確認ボタンを押したあとも「先には赤信号がある」ということを意識させるために「キンコンキンコン」というチャイムを追加しました。この確認ボタンを押す際、ブレーキハンドルをブレーキ位置(自動ブレーキの場合は重なり位置)に動かさなくてはならないのですが、これも確認ボタンを押したあとはユルメ位置に戻すことができるため、ATSがあっても結局減速操作は運転手の判断によることになっています。また、信号が赤である場合のみに働くため、青信号が続いていれば止まることなく進み速度制限区間を速度超過する危険性ももっています。
 こうしたことから速度も調整しようとしたのがATCでした。前述の山陽新幹線のケースもATCであったため段階的に減速が行われ、脱線などもなく大きな事故にはならなかったのでした。ATCの場合は先行列車や駅の距離に比例して速度が決められ、その速度を超えると制動がかかる仕組みになっており、定められた速度まで下がるといったんブレーキは緩められますが、次の速度ポイントで速度超過となっていれば再びブレーキがかかるという仕組みになっています。しかしこのATCは装置が大掛かりであるため首都圏や私鉄などで採用されているに過ぎません。
 そこで登場したのがATS-SとATCの折衷型であるATS-Pです。基本的な構造はATSですが、ATCと同様速度パターンを有してある速度を超えた場合はブレーキをかけるようになっています。また、ATCでは信号を廃止したのに対しATS-Pでは信号の現示を速度判断の基準としているため信号も併用となっています。もちろん信号をある程度設置しなければならないという欠点はありますが、運転手の失神等制御不能の場合にも効果的に停車できる装置であるといえるでしょう。
 ATSよりももっと安価で設置することができる保安装置にEB装置があります。ATSやATCでは地上設備に大掛かりな費用がかかりますが、このEB装置では車輌のみの設置で済みます。EB装置とはある状態から変化がない状態が1分間続くとブザーが鳴り、マスコン・ブレーキハンドル・笛・EBリセットスイッチのいずれかを操作しなければ非常ブレーキがかかるというものです。「ある状態」とは惰性状態のほか力行状態も含み、ノッチオンの状態のまま運転手が失神して加速し続けていても非常ブレーキがかかるという利点があります。ただ、EB装置ではある程度の加速を抑えることはできても厳密な速度の調整はできず、速度制限がある区間での速度超過は防げないという欠点もあります。

 以上のように今回の事故について考えてみましたが、原因等が明確になるにはまだ先になることと思います。しかし事故がおきた背景には鉄道が置かれている財政上の厳しい現実があるのは確かです。もしも財政上余裕があるのならば人員や保安装置にかける費用も高くなり、二重三重の安全が行われるはずです。戦争中などの異常事態ならまだしも、平穏な世であれば「安全よりも輸送増」といった考えは許されるものではないでしょう。今回の事故を今後鉄道の安全向上に役立て、「安全な鉄道」をつくってゆくことが亡くなった運転士のためになるのではないでしょうか。亡くなった運転手のご冥福をお祈りいたします。


きはゆに資料室長