電車と列車と汽車

   みなさんは「線路の上を走る動力車」のことをどう呼びますか?「線路の上を走る動力車」には機関車・電車・そして気動車があります (客車と貨車は動力車とはなりません)。このたび、きはゆに別館開館に際し、このようなテーマで語らせていただきたいと思います。
 10年程前になりますが、「ズームイン!朝」で廃線特集をやったことがありました。ご存知のように、ズームイン!朝は日本テレビ系列各局のアナウンサーやレポーターが各土地の話題を伝えるという番組で、この廃線特集の際も4局から中継が出ていました。このとき紹介されたのは北海道の根北線、青森の森林鉄道(詳しい線名は忘れました)、群馬の草軽鉄道、福岡の上山田線でした。各廃線についても興味が尽きないのですが、ここで注目したのは各土地では「線路の上を走る動力車」をどう呼んでいるか、ということです。まず北海道は「汽車」と呼んでいました。青森は記憶が定かでないのですが、「列車」と呼んでいたと思います。群馬は日本テレビが中継に出ており、「電車」と言っていました。最後に福岡の場合は「列車」と伝えてていました。この4線のうち、電化されていたのは草軽鉄道だけで、残りは非電化の路線となっていました。したがって、各局とも「線路の上を走る動力車」について一応正確な表現がなされているのですが、ここで注目すべきなのは北海道の「汽車」と群馬(東京)の「電車」です。北海道はご存知のとおり、蒸気機関車が最後に活躍した土地であり、JR後も客車列車が割合多く残っていたところでもあります。一方群馬を担当した東京の場合、蒸気機関車は北海道より10年ほど早く姿を消し、多くの路線が電化されており客車列車もブルートレインと呼ばれる特急や急行に限られていました。中継を担当したアナウンサーはみな同年代ぐらいで、年齢による表現の違いはないと考えられます。つまり各土地(しいてはアナウンサーが生まれ育った土地)での鉄道の状況とその土地の人々が使っていた呼び方が無意識的に出てきているものと考えられます。今でも非電化路線の地域でご年配の方が話す「線路の上を走る動力車」は「汽車」であり、大都市ではほとんどの人々が「電車」と言っています。
 ところが近年、テレビではほとんどの場合「電車」で統一され、それがローカル線を扱う旅番組でも鉄道番組でもニュースでも「電車」と表現されています。ごく稀に非電化路線の電化といったニュースなどでは、さすがに「電車」という言葉は慎重に使われ、「気動車」や「ディーゼル車」といった専門用語(?)まで出てきます。ここまではテレビ局といった、鉄道についてはいわばアマチュア(言葉を伝えることについてはプロなのだが...)であるため、ある程度は仕方のないものと考えなければならないと思うのですが、これが鉄道の現場となればどうでしょうか?明らかな「電鉄会社」であれば「電車」という表現は「可」となりますが、JRなど「電車」以外の車輌も走る鉄道であればそう簡単に「電車」と呼ぶのは考え物であると思います。ひどい場合非電化路線で「電車が...」とアナウンスする場合があります。たしかにそれぞれの列車ごとに「電車」だ「列車」だと表現を変えるのは手間ですし、一般の乗客が混乱するおそれもあり、また自動放送の場合余計な手間と出費を必要とすることになります。けれど「電車」が走っていないところで「電車」と呼ぶのはいかがなものでしょうか?
 この問題を解決するには、電車にも気動車にも、しいては客車の場合にも使え、なおかつ一般の乗客も混乱しない表現があればいいのです。そんな都合の良い言葉があるのか...となるのですが、それがあるのです。「列車」です。福岡と青森(たぶん)と使っていた「列車」なのです。そもそも「列車」とは「線路の上を走る動力車」がある編成で走っている様を表現したのであり、その動力が何であるのか、また主たる編成の車輌が何であるのかは問題としていません。考えていただくとわかるのですが、走っている「電車」「気動車」「客車」を指す場合、その多くは「電車列車」「気動車列車」「客車列車」を略して言っているのに過ぎないのであり、現在では「貨物列車」だけが唯一略さずに表現されています。「それじゃ、1輌で走っているのは列車じゃないぞ」とおっしゃるかもしれませんが、この場合は「単行列車」という種別がありますので問題は出てきません(一般的ではありませんが...)。なお、「汽車」の場合は「蒸気機関車の列車」という意味合いが強く、また近年急速に廃れてきている表現であり「電車」と同じ地位であると解しています。ちなみに、この「汽車」という表現にはこんな逸話があります。
 刑法では鉄道車輌を転覆させた場合「汽車転覆等及び同致死」という罪(126条)があり、置石など鉄道車両の通過に危険を生じさせる行為により転覆させた場合は「往来危険による汽車転覆等」という罪(127条)があります。このどちらの罪にも「汽車」という言葉が使われており、条文中では「現に人がいる汽車又は電車を転覆させ、又は破壊した者は無期又は三年以上の懲役に処す」(126条1項)とあり、法律制定時の明治40年には「線路の上を走る動力車」として「汽車」をメインにして「電車」も挙げていました。明治から大正の時代ではこのような条文で通用していたのですが、昭和に入ると問題が生じたのでした。気動車の存在です。実際、裁判で「気動車」(当時はガソリンカー)は「汽車転覆罪」の対象となるのかということが争われました。なぜこんなことを争うのかと考えられる方もいらっしゃるかと思いますが、法律の世界では罪となることは法律で決められていなければならないという「罪刑法定主義」という原則があるためこういったことをするのですが、詳しいことを書いてしまうと刑法の講義になってしまいますので省略させていただきます。まぁとにかく、結論としては「気動車」は「汽車」の一形態にあるとされ、その後気動車を転覆したり運転を妨害したら立派に罪に問われるということになったのです。
 そもそもこの「電車」化はテレビで「線路の上を走る動力車」のことをすべて「電車」と言っていることや、各鉄道車輌の明確な区別が一般的にわからないということが理由に挙げられます。長くなってしまいましたが、最後にテレビで流れた鉄道好きの子どもの素朴な疑問で終わらせて頂きます。

なんでディーゼルカーは電車なのに電気がなくても走れるの?



きはゆに室長